2007年03月29日 18:15

春の吉日。

 3月22日。私は新幹線に乗っていた。そういえば2月22日も新幹線に乗っていたなあ。
 2月22日は私の祖父の命日である。私の本籍は「ほにゃらか南2-22」、実家の住所は「ほにゃらか2-11-11」だ。長女は22日生まれ。ラッキールーラがダービーに勝った日、平場のレースで星野騎手(障害が専門だった)が乗った22番の馬が単勝200倍で勝った。22は私のキー・ナンバーなので、取ったのを覚えている。あの頃はフルゲートが24頭立てだったか。

 3月22日。博多駅前、ヨドバシカメラ3階のあおい書店を訪ねた。
 「版元のニコリと申します。いつもお世話になっております。担当の田村さんはおいででしょうか」
 「田村はいませんが、村田ならいますよ」
 「あ、村田さんでした、失礼しました」という営業をやっている私である。

 「このプレート、数独にしましょうよ」
 「そうですね。すごく動いてるし、お客様にも聞かれますからね」
 強引な私である。優しい村田さんである。その日に出たヘラルド・トリビューンの1面に私の記事が出ていて(21日付けのNYタイムズの転載)、その新聞を彼女に渡そうと思ってもいたが、恥ずかしくてバッグから出せなかった。


 夜は博多のカッシーがオープンした創作割烹屋「いとちひさき」へ。今日が初日。1人で始める、と言っていたが、なんだなんだ、カウンターの中に4人もいるではないか。豪勢な店ではないか。大丈夫かい? 今日はカッシーの誕生日でもある。22日生まれだったのか。
 その店は大名という場所にある。いいところだ。気張るんじゃないぞ。
 そのあと、春吉にあるバー、「六花」へ。若いママ(?)が1人でやっている。地名も店名も春に似合う。無駄話に肩の凝りがとれていく気分。床には玉砂利が敷いてあり、妙に落ちつく。
 また来ます。お待ちしています。
 ふらふら歩いて大名のホテルへ。
 仙台の国分町のバーから歩いてホテルへ戻ったことが突然、思い出された。
 あれは何年前の春だったか。

 
 今日の日は何年後に思い出すのだろうか。それとも忘れてしまうのだろうか。

#id07030010 | ニコリ | posted by 鍜治真起

2007年03月28日 15:46

しったか。

 また言っておきますが、私のブログ内の数字、名称、その他はいい加減だったりするので、テキトーに流してください。

 20年前、めい子とまりの3人でニコリを始めて数年後くらいだったか、どちらかに「シャチョーって、ホントに何でも答えてくれるよね」と言われた。
 ハッ?
 「聞くととにかく何でも返してくれるでしょ。最初は何でも知ってるんだ、と思ったけどさあ、けっこう出任せだったんだよね。最近やっと分かってきたわ。知らないのに知っている振りして、それがさあ、また近いことを言うから分からなくなるんだよね」というような会話だった。

 私は子どもの頃から安請け合いの天才だったようで、あとで事が大きくなって、謝ったり、誰かに迷惑をかけたりしていた。そのなごりが「返事」のいい加減さになっていたようだ。今でもそうだけど。

 そんなテキトーな受け答えが3年に1回くらい、見破られて誰かに言われる。

 私は自分が聞かれているのだから、答えるのがサービス(?)だと思ってしまうのだ。

パーコ「あれって何だっけ?」
私「ああ、あれはね、ほにゃらかほいほい」
ピーコ「あ、出た、しったか」
パーコ「カジさんの話って受け売りできないんだよねえ」
私「だからオレもラクなんだよ」

 フツーの会話での「質問事項」は憶測の話になることが多い。そのときに本気の答えであればいい。先のことをしゃべるときに私は統計、情報はいらない。気分、勘だけ。

 ジミーと飲みすぎて3軒目くらいのときか。「シャチョーは人間がその先どうするかを考えるよね。オレは人間がどこから来たかを考えるのが好きかもしれない」といったような会話があったのを思い出した。関係ないか。


 先週は博多に行ってきた。モクレンの白、カイドウの紅が目にしみて。
 あ、続く。
 今日は「つ多」でダブルブッキング確定。トリプルになる可能性、大。

#id07030009 | 雑ネタ | posted by 鍜治真起

2007年03月26日 20:04

ガチンコ

 平和島(競艇)の決勝では、天才植木通彦が痛恨のフライングで、18億円の返還金とはすさまじい。何でもそうだけど、頂点のレースは背筋が凍る。植木さん、あなたのファンがいちばん暖かい。

 平塚(ケイリン)の決勝もまたガチンコで、レース展開がどんどん新しい走り方になっている。良いことだろう、今回の落車は誰を責めることでもない。9人の思惑が出ていて、ピーンと緊張した。次のでかいレースが楽しみだぞ。
 馬はその1年に、30頭くらいの人気者でビッグレースが展開するが、ケイリンは100人くらいから下克上を始めるからこわい。そんで同じ顔ぶれが10年以上も渡り合う中に、みるみる怪物になっていく奴がいるからなあ。


 盛岡に新競馬場(オーロパーク)ができたのが1996年。先のことを考えずにハコをつくるバカ。しかも予算を数十%もオーバーして。今回、岩手競馬の存続が決まった。昨日も私は府中の場外で水沢競馬を買いましたとも。外れましたとも。

 ニコリは1997年に坪28000円の笹塚のオフィスビルから、坪1万円の下町のペンシルビルに引っ越してきたのだった。
 ニコリだから文字通り、「ペンシル」ビルでよかったのか。そうかそうか。

 あ、ノブから電話。チロルチョコの社長と飲むのだった。
 明日は正装(?)でランチ。肉が出てきたらどうしよう。

#id07030008 | ギャンブル | posted by 鍜治真起

2007年03月20日 18:25

もどき

 もうすぐブログを始めて1年になる。めんどくさいので、やだやだ、と言っていたのだが、ノブが「テキトーでいいですよ。社長は会社のこと書けないから逆にいいかもしんない」と言うので、テキトーに続けている。

 私は文章を書くのが嫌いだ。億劫になる。文章を書かずに恥をかいているような気分。
 
 私はソツがある。抜け目ある。甲斐性がない。

 「本を読めよ」
 「えっ、カジさんには言われたくないですよ」
 私が本を読まないことを知っている。10代、20代は乱読していたが、今はぷっつり。

 「オレは酔っぱらい、嫌いだから」
 「えっ、カジさんがそんなこと言っていいんですかあ」
 私は酔わない。しかし最近は自信がない。


 「もどき」とか「まがい」が最近、気に入っている言葉だ。フェイク、フェアリー、ブラフ、紛らわしい言葉が面白い。

 義父は今、84才になるか。20年くらい前に、急に絵を描き始めた。すべて模写。新聞の報道写真まで絵の具で描いたりしていた。最後はモナリザを何枚も描いていた。ミレーの「晩鐘」は2枚、居間に飾ってある。
 「カジ君、このホンモノは2枚あるんだよ。アメリカかカナダに1枚と、甲府の美術館に1枚。ホラ、ここの腕のあたりが違うだろ」
 へええ。ホンモノの画集を見せてくれた。ゴッホの「ひまわり」はホンモノが7枚(うろ覚えです)あって、義父の好きな2枚の模写が居間に飾ってある。最近は描くのをやめている。先日、義父に会ってきた。
 「カジ君、模写はホンモノがあるからむずかしいんだよ」
 名言である。

 明日は平和島か、平塚か。後半は福岡です。会社の花見はいつなんだろう。

#id07030007 | 雑ネタ | posted by 鍜治真起

2007年03月16日 17:58

始まりと終わり。

 東京のJRと私鉄で、同じプリペイドカードが使えるようになる。ときどきパスネットをJRの改札で突っ込んでいたから、ま、便利になる。
 東京はSUICA、大阪はICOCA、名古屋はTOICAで、ネーミングは大阪の「行こか」が優勝。この前、名古屋を歩いていたら、1日乗車券の名前が「ドニチェコ切符」とあっったが、何それ? 切符だったか? 私の見間違いかなあ。しかし「ドニチェコ」は間違いないぞ。あまりに奇天烈なネーミングなので、びっくりした。何をどうくっつけたのか。何を略したのか。名古屋人はあなどれない。

 長らく東海道線を走っていた「東海」が今月でなくなる。私は「鉄ちゃん」(鉄道オタク)ではないが、ちょっと寂しい。17才から24才まで茅ヶ崎に住んでいたので、愛着のある急行だった。
 あの東京駅23:55発とかの大垣行きはまだあるんだよなあ。あの「最長の鈍行」で、浪人のときは、ビールと柿ピーを買って乗り、帰っていた。浪人なのに、何でそんなに遅く帰っていたのか。分からん。

 大学をやめて、国鉄の大船工場でブルートレインを解体して掃除するバイトをしているときに、夢枕獏と知り合った。お互い、何ももっていない、ただの若者。バイトの帰り、2人で藤沢駅(国鉄)のホームを端から端まで歩き、ゴミ箱をあさって、スポーツ新聞や漫画本を拾っていた。


 これから落語。明日は吉祥寺で飲み会か。明後日は立川競輪で清嶋彰一の引退式。

#id07030006 | 雑ネタ | posted by 鍜治真起

2007年03月15日 18:08

飛ぶ教室

 今日はクルマ通勤。運転中にポンっとアイディアが浮かんだときは、ひとひねりまでしかいかない。
 例えば、飛行機事故があって、飛行機かあ、うーむ。
 「不幸中の幸い」が勝手にアタマに浮かんだ。
 パイロットが訓練していた? うーむ。
 ポン。
 「飛行中の采配」がアタマから出てきた。
 ポン。
 「歩行中の再会」。
 ここまでがハンドルを握りながら考えている思いつきで、限界になる。単なる言葉遊びだ。

 
 歩きながら考えていると、飛行機の前は飛行船かあ。船だったもんなあ、
 ポン。
 「風船」ってのも船じゃないか。そうだった、風の船だよ。いいなあ。風流(?)だぞ。

 「赤い風船」という絵本があった。どこの国の屋根の上を飛んでいくのだったか。ああ。
 
 ケストナーの「飛ぶ教室」は私のオールタイム・ベスト3に入る。どのジャンルの? 私はいつ読んだのか。ああ。「点子ちゃんとアントン」もエーリッヒ・ケストナーだった。家に確かあるはずだ。

 というように、歩いているとアタマに粘着力がある。ひとひねりに終わらないのがいい。その先の極私的なことまで思い出されることが多いので、アタマに酸素が入ってくるカンジ。足の裏から入ってくるのだろうか。そうするとまた、そのことを寝かせる。

 
 寝かせて飲みに出る。

#id07030005 | 雑ネタ | posted by 鍜治真起

2007年03月14日 20:47

ある雑誌

 日刊か?

 おとといと昨日、昨日と今日の区別がなく過ぎていた。最近はそうか。20年前からそうか。3カ月に一度くらいしか食べないカレーライスを食べたのはどこでだったか。

 10年以上前に手紙のやりとりがあった坂部明浩さんから「地域雑誌 谷中・根津・千駄木(通称、谷根千)」が送られてきた。温かくて濃いタウン誌だ。
 日暮里の丘にある石段「夕やけだんだん」の手すりに、物語を点字に打ち変え、貼るイベントを開催したという。その夕やけだんだんを、視覚障害者と晴眼者が読み昇ったという。2ページ、坂部さん、面白いよ。
 この雑誌は1984年に創刊。この号が第86号である。ニコリ本誌と同じ、のんびりさ加減。
 中にある「確連房通信」の出だしが面白い。
 「お久しぶりです。遅刊ゆえ、日誌はなんと菊祭りから」で、10月7日からの日誌が2月28日発行の雑誌に載っている。こういうテンポがいい。ゆるくていい。ニコリがおいてある、不忍(しのばず)通りの往来堂書店でも売っています。

 点字クロスワードをつくったことがある。石田良子さんの発案だ。点字の場合、濁点がある文字は2マスを使う。(濁点を1文字扱い)。それと「こうつう」は「こーつー」と表す。その表記を敢えてやめて、フツーのクロスワード(晴眼者と同じ)をそのまま点字版にした。
 目の見えない人と、目の見える人が一緒に楽しめる盤面にすることで価値がある、と石田さんが押した企画である。大阪の「点字毎日」さんが単行本にもしてくれた。
 反響が大きく、後天的な視覚障害者の方からは「一生できないと思っていたクロスワードができるとは、夢にも思っていませんでした」と喜んでいただいた。


 昔のことは思い出す。昨日のことは忘れていく。明日は打ち合わせ2件、週末は立川競輪か。

#id07030004 | ニコリ | posted by 鍜治真起

2007年03月12日 18:55

ほぼ日刊ブログ挑戦。

 今週は平穏な週なので、ブログ、毎日飲まずに書けるか。
 明日までにケイリン(某U刊フジ用)の原稿を書かなければいけない。私は競輪にはまってまだ4年の初心者である。それを承知での依頼だからいつものだらだら文でいく。来週から平塚競輪場で日本選手権(ダービー)が開催されるので、その特別折り込みの原稿らしい。

 競馬だけやっていれば、競馬一筋36年、と見えも切れるのだが、ケイリンも始めちゃったからなあ。しかしケイリンでのダービーネタはほとんどない。競馬のダービーネタは山ほど。そっちばっかり書いたら怒られるだろうなあ。

 「ニコリ」の由来は1980年にイギリスのダービーに出た馬から拝借した。本命だったが、5着に敗れ、血統がいいのでアメリカに種牡馬として渡った。それから10年近く種付けをしたが、成功したとは言えず、ブラジルに売られる予定がなぜかウルグアイに行って種付けをした。
 1986年にニコリが19才のときにウルグアイに行き、20分だけ会ったが、いい馬だった。生きていれば今は30才だが、馬の寿命は25才くらいだからなあ。


 昨日の中京競馬場は寒かった。財布も軽くなった。身も心も縮こまった。何しに行ったのか。ああ。


 先々週の中山競馬場では、カメラマンの指示で、ゴール前に行き、2万人がトラックを向いているときに私だけ逆向き、2万人の顔を見ながら(気分は)、「数独通信」をかざして写真を撮られた。
 コーくん(推定34才、NYタイムズのカメラマン)が「日本人は街頭で撮られるのを嫌がりますねえ。必ず断られます。外国なら喜んでノッてくるのに」と言うのを「そうだよなあ、おかしいよな、何でもないのにね」と私も国際人ぶっていたが、いざ、彼の注文を受けたらダメ。恥ずかしくて。
 「カジさん、顔がひきつってましたよ。もう1回撮りましょう」
 「もういいよ、お願い。オレ素人なんだからさあ」
 馬がゴールする瞬間を私のバックにいれるのが彼の希望。第9レースと、第10レースもNG。あいつもしぶとい。私も根負け。なんとかメインレースでOKとなった。
 
 OKになったのは、根負けして、メインのレースは馬券を買わなかったから、レースを見る必要もなかったからだった。

 競馬場に来て、メインレースを買わなかったのは生まれて初めてだ。 

#id07030003 | ギャンブル | posted by 鍜治真起