2007年10月18日 22:29

モク マドリー

 昨日の深夜、マドリーに入った。飛行機が飛ばず、4時間、ロンドン・ガトウィック空港で「ステイ」。犬です。
 喫煙ルームがない空港なので、回転寿司のカウンターでビール。2皿で充分。トナリの外人が、流れてくる「どら焼き」をとって、メイプルシロップをかけ、食べている。反対ドナリのカワイイ女の子が、流れてくる「エビフライ」(3匹)をとって、食べている。ああ。
 私はヒロからぶんどったPSPで将棋。負けてばかり。

 マドリーのバラハス空港は増築が着々と進み、チョー素晴らしい空港になっていた。今、世界中で、飛行場を新設、増築している。ヨーロッパはユーロ紙幣の使用で、国に格差があるのに、なくそうとしている。ドイツとフランスはこれから頭を悩ませる。

 空港からタクシーでマドリー市内のホテルへ。運転手さんのイエスパー・パーネビック(勝手に名付けた、推定42才、暴走族)は、スペイン語しかしゃべれない。深夜12時半。
「ブエノス・ノーチェス」
「ブエノス・ノーチェス。ホニャラカホテル・プリーズ」
「シー(OK)、シー。ホニャラカワニャラカ」
 まあ、うるさい男だ。どこかに電話しながら、小さいテレビを見ながら、何かを探しながら飛ばす。じっとしていないのでこわい。
 あそこは何の建物だ、こっちに見えるのが何とかタワーだ。
「シー、シー」とわたくし。
 何を探しているのかと思ったら、日本語の「スペイン語会話」という本を見つけて、私に差し出した。
「グラシアス」「ムーチョ・グラシアス」とテキトーに開いたページにあった文章を読み上げていくわたくし。喜んでくれるイエスパー。

「ここでタバコを吸ってもいいですか?」という例文が出てきたので読み上げた」
「セ・フエデ・フマール・アキ?」。(そうカタカナで書いてあるのです)。
 そしたらイエスパー、シーシー、と大声を上げて喜び、自分のタバコを取り出し、1本差し出してくれた。
「リアリー?」。(タクシーの中ですよ)。
 結局、私も自分のタバコを1本、彼にあげて、お互いのタバコを吸いながらホテルに向かったのでした。
 スペインはいい国だ。


 これから契約先のサントスと昼食を。ジーパンでいいか、一張羅にするか。

             10月18日 午前 マドリーのホテルにて。

#id07100007 | 出張 | posted by 鍜治真起

2007年10月18日 12:43

クツ ロンドン

 16日(火)のロンドンはしのぎやすいくもり。キューガーデン(世界最古か最大の植物園)に行ってみようか。あそこには「PUZZLE」という樹があったっけ。かったるいからやめた。
「フツーの人」になろう。爪切りと鼻毛切りと輪ゴムと東海林さだおの本を買いに出よう。そう決めた。

 白人に道を尋ねられた。(私もあなたと一緒。外人の迷子なのです)。
 デパートはファッションビルでアウト。結局、ファーマシーと文房具店でゲット。本はジャパンセンターに行って。棚4本の文庫本コーナーに、東海林さだおはなかった。残念。「丸かじり」シリーズ、おいてください。
 仕方ないから2冊合計1400円の文庫本を買ったら、なんと17ポンド。4200円換算ですよ。まったく。

 夕方、丸ちゃんがホテルに来てくれた。へんな歩き方で。
「どしたの?」(白ワインで乾杯して)
「いやあ、足にマメができちゃってさあ。昨日、デュッセルドルフでメッセがあってさ、ずっと歩いてたらこうだよ。いい靴なんだよ、イギリスのチャーチっていうやつでね。でも日本人が足を合わせなきゃいけないの。イギリス人は『オレに合わせろ』だからね、なんでも。でもオレも負けないよ。何言ってんだあ、だよな。オレも昨日までドイツで『オレに合わせろ』って。ちょっとしゃべりすぎたかもなあ。カジさんはいいんだよ、そのいい加減さが。オレはどうもマジメになっちゃうんだよなあ」
「オレもマジメだよ」
「マジメだけどぬけてるんだよ。なんかぬけてるんだよなあ。拍子ぬけしちゃうっての、いいよなあ。それで笑ってさあ。カジさんなら監獄入っても笑ってくれるよ、みんな。オレもそんとき一緒に入るよ。な、今度何か一緒にやろうよ」
(フツーの会話攻略)


 これからスペインのマドリーです。
          10月17日 ロンドンのホテルにて

#id07100006 | 出張 | posted by 鍜治真起

2007年10月16日 22:04

NAAS競馬場

 14日(日)はアイルランドで、ナースとリムリックの2カ所が開催していることを、朝の新聞で見つけた。リムリックはダブリンから350km、ナースはダブリン郊外である。
 私はリムリックに行ったことがないので、1日かけてもこっちに気乗りだった。ヒロに言うと、判断に困る返事。
「マッキーさん、ボク初めてのアイルランドなんですよ。まだこのホテルしか知らないんですよ。競馬場だけでアイルランド、終わっちゃうんですか。なんか観光地とか、お城とか、この辺にないんですか」
「ない」
「ジョイス博物館とか行きましょうよ」
「じゃあ午前中に行ってくれば。リムリックの第1レースは2時20分からだから」
「じゃあ行ってきますよ。一緒に行きましょうよ」
「やだ。あんな長い小説、どこが面白いのか分かんないもん。作家に興味ないの」

 ヒロは市内に出ていった。私は小川づたいに散歩。
 こりゃムリかな。ナースにするか。リムリック競馬場は、実はすべてジャンプ(障害)レース。これをヒロに言うと、ますます拒むだろうから言わなかったが、近くのナース競馬場にするか。ジャンプのヒーロー、誰もが知っている(?)ウォルシュという騎手に会いたかったが、また次の機会にするか。

 ナースに向かっていた。タクシーしか足はなく、片道80ユーロ(1万2千円)は出費だが、なあに、勝てばいいのだ。
「ヒロ、ジョイス博物館、どうだった?」
「休みでしたよ。日曜、月曜は休みですって。買い物してきました。マッキーさんは買い物しないですよねえ」
「買うもの、ないもん」

 タクシーの運転手さん、チチ・ゴンザレス(私が名付けた、推定35才)も数独を知っていた。
「エブリボディ・ノウズ」
 そいつはうれしい。彼の娘さんが今は解いていると言う。
 1時半に競馬場に着いた。4時半に迎えにきてくれると言う。片道分の料金を渡そうとしたら受けとらなかった。最後のホテルに着いたときでいい、と言う。
「マッキーさん、こんなことニューヨークじゃありえないですよ」
「これがアイルランドなんだよ。いい国だよなあ」

 ナース競馬場には10年前に来ていた。がっかりするくらい観客がいないのは今日も同じだった。家族連れ、老人たち、着飾ったアッパークラスの人たちで、村のお祭り気分である。
「これじゃあ競馬場も儲かりませんよねえ。売り上げなんてほとんどないでしょ」とヒロ。
 そういう考え方もある。でも私はちょっと違う。
 経済ではなく、娯楽が先なのだ。競馬文化が先にある。それを楽しみ、伝えていくことなのだ。商売とかではなく、お祭り、楽しみ、良き日。この単純さがいいのだ。この輪っかの気分がいいのだ。
 理屈抜き。必要である。人間の生理が必要である。
 そんで経済では計れないことが世界中にある。

 往復のタクシー代以上を勝って、ホテルへ。チチ・ゴンザレスに「パズルMIX」(ニコリ出版物)をあげたら、両手を上げて喜んでくれた。また会いましょう。

             10月15日 深夜 ロンドンのホテルにて

#id07100005 | 出張 | posted by 鍜治真起

2007年10月15日 21:18

ツメ ダブリン

 9月13日(土)。深夜。ダブリンのホテルです。街のハズレにあるが、環境はアタリ。静かで樹々は紅葉し、部屋は広く、インターネット設備バッチリだが、パソコン本体を忘れてきてしまった。接続コード、マウス類はバッグに入っている。ナイフ、フォーク、オレンジジュース、紅茶はあるのに料理が来ないテーブルのようです。ああ。
 これから22日(月)まで、すべてホテルだのみ、社員だのみでお送りします。


 先週、ツメを切ったのに、もう伸びていて、気になる。

 若かったのね お互いに
 あの頃のこと ウソみたい

 もうよしなさい 悪いクセ
 爪をかむのは よくないわ

「爪」は平岡精二の曲だったか。ペギー葉山の歌だった。10年ぶりにアタマに流れてきた。TVはエンヤがかかっている。


 昨日のロンドンでの契約更改は三重丸に満足のいくものとなった。午前中のミーティングが終わってのランチ。メル(先方の社長、推定60才、ウェールズ生まれ)はKOBE牛のハンバーガーにギネス。私はアヒルの肉にベックス。和気あいあいの6人テーブルは和む。午後はもっぱら具体的なビジネスの話。
 ジミーが言っていた。
「オレの英語なら2日かかっていたのを、ヒロがしゃべってくれたから、ほとんど半日で終わったよ。しかもこっちのシナリオ通りに」
 夜はピカデリーサーカスのチャイナタウンで乾杯。ぐっすり寝た。


 明日は気の向くまま。どこで競馬をやっているのだろうか。

#id07100004 | 出張 | posted by 鍜治真起

2007年10月10日 18:06

飲んでいれば順調。

 順調に競馬も競輪も競艇もゴルフも負け続けて、うまい酒を飲んでいます。

 競馬は走破タイムが変わってしまいましたね。芝生、ヨーロッパのようにあと5僂らい伸ばしたら? その方が馬にもいい。反対にゴルフはラフをゼンブ刈ってくれませんかね。伸びていると探すのが億劫です。

 競輪の決勝、七車が落車なのは番手の加藤慎平の走りに「?」か。ま、それでもドラマチックな4日間で、選手も私も人間が大きくなりました。と思います。

 競艇はチャンピオンになった高橋勲のプレッシャーは並大抵ではなかったでしょう。良いレースだった。


 これから荷造りして、明日からロンドンです。今度はインターネットカフェからお届けします。またムリかな。ワルシャワで初めてインターネットカフェに入ったのだが、ダメだった。私のアタマはまだ世界についていけない。死ぬまでそうか。はい。

#id07100003 | ギャンブル | posted by 鍜治真起

2007年10月03日 18:26

最寄りの人。

 さっき本郷三丁目の交差点を渡ったら、角の老舗の和菓子屋さん、三原堂の仮店舗のガラスに「建て替え最中」とあった。
 ハッ? まさか。
 三原堂は今、ビルにシートを覆って建て替え中である。そのトナリで仮営業しているのだが、なんと、建て替え期間限定の最中を売っているのであった。
 うまい。地口遊びにもなり、サイコー、パチパチ。店主にお会いしたい。

 先週、新御徒町の交差点を渡ったら、角のうなぎ屋さん、八洲に貼り紙があった。
 「申し訳ありませんが、勝手ながら、店主骨折のため、しばらく休業させていただきます」
 うなぎを捕まえようとして、滑って転んでしまったのだろうか。元気になったら食べに行きたい。


 9月の8,9,10日はポーランドのワルシャワにいた。土、日、月である。
 土曜の夕方にホテルに入り、4階の部屋から外を見ると、目の前は札幌の大通り公園ほどのロケーションで、開放的だ。下の樹の周りに浮浪者数人がいて、ハトにパンをちぎり落としながら、しゃべっている。ま、フツーの光景だ。
散歩をして7時頃、部屋に戻り、下を見ると、見回りのおまわりが、厚着のジョコビッチじいさん(仮名です、推定70才)と少し身なりのいいサム(仮名です、長身、推定60才)に尋問らしきことをしていて、ノートに書き取っていた。
 おまわりはいなくなり、ジョコビッチとサムはそのまま、路肩に腰掛け、しゃべりながら、ハトにパンをやっている。
 ジョコビッチとサムはずっとここにいる人なのだろうか。
 夜中の11時頃、サムがいない。ジョコビッチは20m四方を歩き回り、紙袋、ビニール袋を整理し続けている。
 夜中の1時頃、ジョコビッチもいなかった。すぐ向こうの地下道入り口は開いていた。

 日曜の朝6時頃、起きたら晴れ。ジョコビッチがせっせと段ボール箱を台車に積んで、どこかに運んでいた。
 8時頃、浮浪者は4,5人になり、ジョコビッチ以外の男は座ってしゃべっている。酒を回している。そこにサムはいない。ジョコビッチだけが立って、パンをちぎってハトにやっている。
 そのうちにジョコビッチ、丸ごとのパンを地面に落とし、靴でひねって、パンを細かくして、ハトが食べやすくしている。ハトたちは40羽くらいか。増えることはなかった。
 お昼前、清掃車が下に来て、おまわりもいて、浮浪者は散り、ジョコビッチだけがおまわりの相手をしている。清掃の男2人が、ジョコビッチの持ち物(?)すべてを清掃車の荷台に投げ込んでいく。5袋くらいにまとめて。
 そのあと、おまわりが何か指図し、そのうちの1袋を地面に降ろさせ、ジョコビッチはそのビニール袋をかついで去っていった。
 ジョコビッチじいさん、どこかで会おうね。また会いたいよ。

 雨が降ったり止んだりの夜に部屋に戻ってきて下を見たら、ジョコビッチじいさんがいた。相変わらずせわしなく動き、またいろんな袋を束ねたり、向こうのビヤガーデンの横の暗いところに移動させたりしていた。戻ってきてくれて(?)よかった。ホッとした。
 その晩は11時頃までジョコビッチは数人の浮浪者と、サムもいて、ハトを従えて、しゃべっていた。ジョコビッチじいさんだけが立って、ずっとハトにパンをやる。パンがなくなると、消えて、またどこからかパンを仕入れてきた。

 夜中、ジョコビッチじいさんは下にいない。
 私がワルシャワでいちばんよく知っている男はジョコビッチじいさんか、と寝た。

 月曜日、晴れ。起きたらジョコビッチは今まででいちばんたくさんの段ボール箱を束ねている最中だった。他の浮浪者は酒を回して、しゃべっている。
 チェックアウトをして、頼んだタクシーがホテルに着いた。朝10時頃か。
 タクシーの運転手さんに待ってもらって、向こうの浮浪者4人のところに行き、ジョコビッチにテキトーな英語で言った。「私はここに3日間泊まっていた。あなたを見ていた。今日、私は去る。ユー・アー・ピュア・ワークマン」
 そんで残っていたポーランド紙幣、200ズウォチ(5000円くらいか)をプリーズ、と言って差し出した。彼は少しアタマを下げたようだったか、受け取ってくれた。周りの浮浪者たちがでかい声で「サンキュー、ホニャラカ、アーユー・ジャパニーズ? サンキュー」と言う中、ジョコビッチは無言でその紙幣2枚を横の浮浪者2人に配り、私に無言で握手してくれた。
 そんですぐまたハトにパンをやり始めた。

 タクシーに乗ったら、運転手さんが「ユー・アー・グッド、ほにゃらか」と言ってくれた。今度来たらジョコビッチじいさんに数独を教えるぞ。それまでお元気に。また会いましょう。

#id07100002 | 出張 | posted by 鍜治真起

2007年10月01日 13:32

クルマ。

 9月、NYで久しぶりにヒロとMOMA(現代美術館)に行った。毎週金曜日の夕方(16時以降だったか)は入場料(20ドルだったか)が無料になるので、そんな夕方に。スーパーの「TARGET」というチェーン店のスポンサードで無料になっているのでした。

 ジャガーXKEの初期モデルが陳列されていて、その流線型に今更ながらほれぼれ。その頃のクルマをアメリカ人、日本人が陳列するなら、ムスタングとも思ったが、MOMAは自動車ミュージアムじゃないからな。

 この度、軍用車のランドローバー(ディフェンダー)を手放し、ジャガーのワゴンにした。あまりに疲れないので拍子抜け。ジミーとノブはこれがあたりまえです、と言う。ナビは使わないぞ。
 イギリス人はジャギュアとフツーに言う。「8」は「アイト」で、手帳は「ダータ」の国だ。「SUNDAY」も「サンダイ」。
 昔、アイルランドの牧場主、ニールと3日間、一緒にいたとき、「トリオロード」がずっと意味不明だった。馬のニコリを産んだニールだったから、毎日競馬場に行くのだが、よく彼から出てくるその言葉だけが謎だった。何だと思います?
 正解は「スリー・イヤーズ・オールド」。
 この馬は3才だ、と言っていたのでした。


 スウェーデンのタクシーは7割がワゴンだ(カジ調べ)。そう見ていくと、東欧はワゴンのタクシーが多かった。

 ハンガリーではスズキのスイフトが他国に比較して多いのにびっくり。そのことをジョルジュさんに言ったら、スズキの生産工場がハンガリーにできたからという。ほう。

 タイはISUZUのSUVが席捲している。
 イスタンブールでは観光バスの9割以上がISUZU。あのでかいバスのギアシフトが、乗用車並みに短いのに驚く。だからギアチェンジばかりだ。いや、どっちが先か。
 ミャンマーのバスはボディが日本の文字だらけ。50年前の「松本なんとか交通」とか「神奈川ほにゃらか交通」、「入口」など、ペイントもそのまま。もっていったままの大らかさ。これもびっくりする。

 関係ないけど、4月にミャンマーに行くときに、大使館で「ミャンマーのことは一切、話しません、書きません」という文章にサインした私は、職業欄に「出版社」と書いたからだろうか。うーむ。

 釣り人は、違う場所に行って釣りをすると、その場所の人の暮らしや、性格まで分かるという。
 クルマ好きも似た感想があるのかもしれない。

 昨日の競馬(G1)で「アストンマーチャン」が勝った。アストンマーチンはイギリスの高級スポーツカーだ。初代ジェームス・ボンドの愛車がアストンマーチンDB5だった。
ロンドンのショウルームに飾ってあったのを見た。家が2軒、買えるんじゃないの?


 今週からヒロが1カ月、東京にいる。それとは別に会う人、多し。 

#id07100001 | 雑ネタ | posted by 鍜治真起
end of entries.