2007年11月29日 15:51

折尾駅。

 駅は好きだが、最近は駅の構内をショッピングモール化し、ヘンな簡便化をしている気がする。
 駅の機能は人を吸い込み、人をはき出すことだ。そこに周辺の地域が活性化し、潤いを広げる循環を生む。世界中の大都市のターミナル駅は、そんな役割分担の中に生きていて、落ちついた顔をしている。

 10数年前、川崎競馬場を往復しているとき、南口の商店街と駅ビルの関係性を見て、一瞬、そう思った。川崎駅は構内をでかくしてしまった。

 それとは別に、10年くらい前、秋田駅と山形駅だったか(間違っていたら勘弁)、を見て、まったく同じ建造物に見えた。これも寂しかった。

 東京駅が改修工事に入り、ほぼ現存のママとする。私には駅前の中央郵便局の建物も東京駅の風景に入るので、残して欲しい派だ。中央郵便局はとても合理的にできている。


 先日、福岡県の折尾(おりお)という駅に一目惚れしてしまい、なんとも、今にも行きたい感情に駆られている。どうしたものか。大正時代にできた駅舎が風景に溶けこんでいて、構内がまた古びているような、レールの歴史が表れていて、タイムスリップしたような雰囲気をくれる。
 小倉競馬場から若松競艇場に行く途中に、初めて乗り換えで降りたのだが、腰が抜けてしまった。競艇のことは忘れて、1時間、構内でボーッとしていた。何なんだろう、このショックは。


 これから大阪です。週末はどこだったか。東京か。

#id07110006 | 雑ネタ | posted by 鍜治真起

2007年11月26日 12:28

新潟。

 おととい郡上八幡(岐阜県)にいて、「忌中」の貼り紙が格子戸の上に出ている家を、4軒も見た。そうかあ、生きているうちは、いつもどこかで誰かに意思表示をすることだな。

 沈黙は禁。

 先日、新潟で講演をできたことは私にとって特別な意味があった。
 お子さんからお年寄りまで、幅広い年令層の方たちが集まってくれたのは初めてだ。いつもは法人会の人たち、商工会の人たち、会社役員の人たちなので、年令層、雰囲気がはっきりしていた。話す内容も絞ることができた。
 今回は会社のこと、自分自身のことではなく、パズルの面白さを伝えることで過ごした。手応えがあって、ありがとうございました。

 その講演の発起人は新潟市在住のペンネーム、古志光(40代後半、男性)で、読者投稿家として、かれこれ20数年の付き合いになるか。過去に数回、会ってもいる。
 彼は言葉系、数理系と、さまざまなパズルをつくれるオールマイティな、バランスのとれた作家だ。彼のご家族全員もニコリの大ファンである。
 夏に彼から電話があり、講演依頼を喜んで受け、段取りを詰めるため、ニコリにも来てくれた。
 その元気な彼が9月中旬に急死した。
 発起人メンバーの松永さんたちが、イベント実行に向けて引き継いでくれて、私は新潟に行くことができた。

 古志光と2人でパズルの面白さを伝えた気がした。

 講演当日は、快晴、爽やかな日だった。松永さんが言った。
 「この時期は雲り空で、どんよりと寒い日が続くのですが、今日はきれいに晴れて珍しいです」


 帰りの新幹線で、突然、歌が思い出された。
 「雪降らば 君に逢わんとちかいてし その新潟に雪降るという」
 吉井勇だったか。どうだったか。
 帰ってきて調べたら、歌が違っていた。

 雪降らば ゆかむと君にちかひたる その新潟に雪降るといふ(吉井勇)


 上山中学校でしゃべっているあいだ、私の中には古志光がいた。これからもいる。

#id07110005 | ニコリ | posted by 鍜治真起

2007年11月16日 18:23

長い。

 これから新潟に行ってきます。小、中学校の先生方と、地域のPTAの方に、数独の面白さを講演してきます。そのあとは伊豆のテニス合宿。教えるのも疲れたので、宴会とゴルフだけの参加。そんなもんでいいでしょう。走りすぎるのは体に良くない。

 先週は福岡にいたのだった。大相撲九州場所のライブ。まあ、魁皇の人気は来てみないと分からない。飛び抜けていた。地元、直方生まれなので、魁皇コールがずっと。
 初日だったので、北の湖理事長の挨拶があったが、死者が出たのに、まったくの紋切り型の挨拶にがっかりした。事件は風化していくのだろうか。情けない。

 
 私の話は長いらしい。飲み屋のパー子が言う。
 「マッキーの話ってさ、突然始まって、起承転結の、承転、承転ばかりでずっと散らかっていくから分かんなくなっちゃうんだよ。結が聞きたいのに、その落ちも忘れちゃうんでしょ」
 「あたり。そんなもんでいいんだよ」

 人生50年が「生と死」の2文字で数百年、きた。
 ここ数十年で、人生80年にいきなりなってしまった。
 これからは「生、老、遊、病、暇、死」とか、6文字(以上も可)で過ごさねばならない。てな話をだらだら、例を挙げてしゃべっているつもりなのだが、私も思いつきなのでして。

 話に結論はいらない。だから対面は面白い。人は話して変わっていく。自分に話しているのだろうか。他人は触媒なのだろうか。
 仕事は結論だけで動いていく。それを日々、修正していくことが面白い。

 明日はどこにいるのだろうか。分からないことこそ面白い。あ、新潟だ。

#id07110004 | 雑ネタ | posted by 鍜治真起

2007年11月05日 19:27

やっくんと同じ人探し。

 先週の土曜日は、美浦トレーニングセンターの敷地内で朝6時に起きた。ヒロの父親が現役の調教師なので、こんな体験ができて、私にはぜいたくすぎる。
 朝7時。数百頭の馬たちが目の前を行き来して、トレーニングに入っている。静かなトレセンだ。馬優先。紅葉が始まって、朝の光が透き通る。

 1周2000mのトラックを2コも持ち、3000頭近くの馬たちがこの施設を出入りしている。日本には、ここと栗東(滋賀県)にしかない。今日の土曜日も9時頃まで、調教が続く。

 ヒロの小学校からの朋友、やっくん(調教助手)を紹介され、彼がいろいろ案内してくれた。彼はその前に2頭の調教をつけ、7時20分からもう1頭に乗るという。
 彼が出ていき、私たち4人が双眼鏡でトラック内の彼を探すが、見つからない。
 「赤いたすきの服だよなあ」
 「あれは違うよ、袖は真っ白だったぞ」
 「白と赤だけだったよなあ」
 トラック内には百頭以上の馬たちが、思い思いにダクをふんだり、キャンターで走っていたり、併せ馬をしていたり。

 戻ってきたやっくんの服は、専門的に言うと、「胴白、赤右たすき、袖赤」というデザインだった。人間、見ているようで、何も見ていませんね。

 サラブレッドが3頭の馬からつくられて400年。その延長線上にあるこの敷地の世界。手塩にかけて育てても、24時間一緒でも、走るかどうか分からない世界。その可能性に期待を寄せる。毎日、同じことを続ける。夏も冬も。コンピュータのない世界。

 小さな1日なら、小さい。
 小さな毎日なら、大きくなる。


 2時間弱の見聞が終わり、私より競馬にはまっているヒゲもじゃのトシキが言った。
 「ああ、サイコー。今日は終わり。ゴルフしなくてもいいよ」
 タロちゃんが言う。
 「馬は嘘をつきませんからねって、ヒロのお母さんが言ってたけど。うーん。深いよなあ」

 私も10年前、アイルランドの牧場を3日間回って、内側の人たちばかりを見て、日本に帰ってきたら馬券を買えなくなったことがある。
 馬はみなダイヤモンド。
 完走しただけでホッとする内側の人たち。16着、13着、14着の馬が7着に走っただけで、「よくやった」とする内側の人たち。どの馬も応援したくなると、馬券は買えない。6カ月でまた元に戻ったけど。

#id07110003 | 雑ネタ | posted by 鍜治真起

2007年11月02日 18:36

東京には石がない。

 二日酔いでアタマが回らない。会社へ来るあいだ、アタマが上がらなかった。アゴに石が入っているカンジ。ずっと下を向いていたら道中、まったく石ころを見なかった。サイゴ、会社にあと100mのところまで来て、こいつはイカン、石を見るぞ、と横の公園に入って、砂利のグラウンドを歩き、ほくそ笑んだ。石にけつまづいて、この割れるアタマをすっきりさせることができないものか。

 15年くらい前、清里(山梨県)の牧場のあたりを、男ども4人くらいでふらふら歩いていた。クルマの通らない舗装道路をただ歩くのも面白くなく、いつのまにか、全員、石を蹴りながら進んでいた。各人、蹴った石が道路からはずれたらアウト。いい大人が道路の真ん中をくねくねくねくね。そんではしゃいでいた。
 あれは何の日だったか。シマちゃんがいた。社員旅行にシマちゃんも誘ったのだったか。調布市の「青少年自然の家」が清里にあり、そこを社員旅行に使った年だったか。
 儲からない年は、道志川(神奈川県)のバンガロー1泊を社員旅行にしたこともあった。晩飯はサンマ食べ放題だった。

 さっき、ウェスティン・ホテルの佐々木さんと打ち合わせ。写真撮影。
 昨日、「写真を撮ります」と言われていたのに、なんで飲みすぎたか。ああ。


 これからヒロの実家、美浦トレーニングセンター(茨城県)に行って泊まり、明日はゴルフです。ヒロとヒゲもじゃのトシキと、マキノ出版のタロちゃんという、ゴールデン4バカ大将で。ゴルフにならんかも。
 アイ・プレイ・ゴルフ。NO。アイ・ライク・ゴルフ。

#id07110002 | 雑ネタ | posted by 鍜治真起

2007年11月01日 14:19

そんで。

 そんで飛んで今日は11月1日。
 戻って18日はマドリーにいた。

 結局、18、19日の2日間、サントス(ノーチラス出版社の社長、51才)がフルアテンドしてくれたのだった。感謝、感謝。
 サントスの会社で、来年1月にニコリのパズル本を3冊、発売する。スペイン語なので、アルゼンチン、メキシコ、コロンビア、ペルーにも回るだろう。ありがたいことだ。
 彼の会社を訪問し、分厚い歴史書ばかりを出している出版社とは驚いた。2000円くらいの定価の本がずらりと並ぶカタログの中、ニコリのパズル本は500円くらいで売るらしい。彼の冒険心に感謝。

 午後2時を過ぎて、スペインは昼食だ。奥さんのテレサ(長身、黒づくめのファッション、彫りが深い美人)と3人でタパス料理屋へ。立ちながらナイフとフォークでオムレツや魚を食べ、ビールと白ワイン。みんな立っていて満員。だらだら過ごす昼。いいなあ。サラリーマンも若い女性も立って飲んでいる、食べている。雰囲気だけで何もかもうまくなるよ。

 その夜はサントスの家に呼ばれて晩飯。2人のお子さんも一緒に。16才のイレーネ(長女)は語学の先生になるという。12才のヌーニョ(長男)にパズル、瞬間芸、手品を見せたら、彼のダイス・マジックの方がうまかった。ああ、恥ずかしい。
 1から10まで、スペイン語でウノ、ドス、トレス、クアトロ、シンコと、ヌーニョに教わる。私も彼に日本語で「いち、に、さん、し、ご」を教えたら、帰るときヌーニョがいきなり「いちに、さん、し、ご、ろく、うーん、ななはちきゅうじゅう」と言い切った。
「ビエン、グッ、うまい」と私。
 (よし、オレも)
 「ウノ、ドス、トレス、クアトロ、シンコ、セイ?」
 続かなかった。負けた。

 翌日はサントスの顔の広さで、あちこちの会社、人に会わせてくれた。ホテルのロビーで、テレビの取材も受けた。向こうの日本人のおばちゃん軍団にヘンな顔をされた。新聞社のウェブ放送にも突然出てしまった。サインもして。スペインはいいなあ。

 私の英語が幼稚なので、みなさん、スペイン語ではなく、英語でゆっくりしゃべってくれる。私の英語がうまくなっていくのではなく、周りの人が私に合わせてくれている。

 スペイン人も日本語を知りたい。
 「ありがとうございます、こんにちは」と彼等。
 「バーレ、バーレ(OK、問題ない)」と私。
 英語圏じゃない人たちは、英語も日本語も同じ興味であることが分かる。なので、ここんとこ、外に出るとわざと「サンキュー、ありがとう」と日本語をいれるようになった。


 サントスが彼のクルマで、バラハス空港まで送ってくれた。
 「今度来たらマキ、一緒にモロッコに行こう」
 「OK、サンキュー、サントス。アディオス、また会いましょう」
 「マタイマショ」
 「ビアン、アディオス、ありがとう」

 そんで飛んで今日だ。飲みすぎて今日まで。覚えていることといえば台風の真下で、本郷の旅館で、ニコリの読者50人と徹夜で遊んだことくらいか。


 これからヒゲもじゃのトシキが来て、ヒロが来て、千葉の宮ちゃんが来て、今晩はどこに泊まるのだろう。週末は土浦です。

#id07110001 | 出張 | posted by 鍜治真起
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